第7章 大人な狡猾-ひよこ豆-
そうして、これまた近頃頻繁になりつつある、夕食を共にするという展開に今回も見舞われた○○は、ひよこ豆より格段に落ちる手付きで支度を手伝い、二人での食卓を囲んだ。
「ぅっ、この煮つけ、しょっぱい!」
失敗した、と顔を顰めた○○は、今しもそれを口に運ぼうとしているひよこ豆を止めようとした。
「食べちゃ駄目です、失敗なんです!」
「ん?そうか?」
「そうか…って、あっ!」
食べちゃった…と、がっくり肩を落とす○○に、しかしひよこ豆はからからと笑った。
「確かにやや塩辛いが。以前に比べれば随分と上達した」
「え……」
「最初は空恐ろしくて、包丁など持たせられなかったからな」
「そ、それはそうだけど…って、酷いです、先生っ」
「くくくっ……」
一人きりで静かに過ごし、一人で食を摂る(時には一族の誰かと…ということもあるが基本は一人だ)。
それが当たり前で、他の存在に傍にいて欲しいなどと思ったことなどないし、そのようなものは、短時間であればまだしも、時間が長くなるほどに煩わしいような、そんな感覚を、ひよこ豆は何処かに有していた。
恐らく己は、一人でいることに慣れ過ぎてしまったのだ。
だが、○○が訪れるようになってからの、これは一体何の変化であろうか。
己を『先生』と慕う、成長の只中にある目の前の少女に手を貸してやりたいと思う。
しかしそれは、同族の若者へ向けるものと同種であるはずだ。
事実、当初はそう思って接していた。
だが……。
この…陰陽師としての自らの道で頭がいっぱいの、些か以上に俗事に疎く幼い少女はきっと、思いもしないのだろう。
数千という年を経て永らえ、見かけこそ老いては見えずとも、この少女にとっての己は、好々爺か何かにでも見えているのかもしれない。
浮かんだ考えに、ひよこ豆は自嘲した。
何を感傷的になっているのか。
まったく…と胸に毒づいて窓辺に寄れば、外には闇を照らす見事な月が昇っている。
折りしも望月というその姿に、いつか何処かで、満月は人を狂わせる力があるのだ、などと吹聴された記憶が甦った。
嘘か真実か、真偽のほどは不明だが、古来より、そういった伝承があるのは確かだ。
そして、今の自分も…あるいは……。