第7章 大人な狡猾-ひよこ豆-
ふと曇る面に、ひよこ豆が、引いているぞ、と声を掛けたが。
「あっ」
「逃げられたな」
「……はい」
魚を逃がした以上の、それとは違う意味でも肩を落とす○○を見透かすように、ひよこ豆は己の竿を置いた。
「何事も、これと似たようなものではないか?」
「……え?」
これ…とは、なんだろうか。
分からない、と○○の目が語るのに、ひよこ豆は目の高さを合わせるようにしながら微笑んだ。
「敢えて言うなら“機”というものか。どんなものにも、良い機会、巡り合わせというものがあろう」
機を待ちさえすれば何事も解決する、というわけではもちろんないが。
そこまでは敢えて口にしないひよこ豆だったが、○○は少しだけ救われたように薄く微笑んだ。
「魔滅一族の力も、鬼の力も…両方の力を借りたくて式神になって欲しいって思ったのは、私なんですよね」
相容れぬ水と油と知りながら、式神とする機会に巡り合わせた時、自分はどちらの力をも欲してしまった。
あの頃の自分は、今の自分の悩みなど想像もしなかったし、彼らの軋轢を知識として知ってはいても、それは所詮、頭でしか分かってはいないことだった。
でも今の自分は、あの頃とは…僅かかもしれないが、違う。
そして、違うからこそ悩みもするけれど。
「何も知らぬままの方が良かったか?」
ふと脳裏に浮かんだことを言い当てられたようで、○○は驚きながらひよこ豆を見上げた。
「え…、あの……」
「ん?図星だったか?」
「……ぅ、はい」
「それは済まぬことをしたか。これも年の功というやつだ」
そう言って、ひよこ豆はくすくすと笑う。