第7章 大人な狡猾-ひよこ豆-
以来、○○は時間を見つけては、ひよこ豆を訪れるようになった。
当初は彼の師事を仰ぐべく訪問する毎に、○○はひよこ豆の都合を伺ったが、ほどなく○○の出入り自由を許したのは、彼の申し出によるものだった。
『私が留守であっても、自由に過ごして構わぬ。お前が庵にあれば、すぐ気づくからな』
そう言って柔和に笑んだひよこ豆に○○が思わず頬を染めたのは、今のところ、○○だけの秘密…というより、ほとんど無自覚の代物である。
魔滅一族、鬼…その他のあやかしや種族、その歴史、様々な経緯や軋轢……。
○○がひよこ豆に教示を求めたのは、そもそもそうした類のものばかりだったが、時に様々な感情を静かに潜ませて耽るように、そして時には語り部のように彼は語り。
○○は様々な話に聞き入る傍ら、時に問い、時に…今の少女の感性、あるいは感覚では理解しがたいものには意見したりもした。
そうする中で、○○が単純な知識のみならず、遠い過去の先人達の考えと葛藤…その生活の、ほんの一端なりとも触れたそれは、今後の己の導として役立つこともあるだろうと、ひよこ豆は思う。
何かの選択を迫られた時、何も知らぬ方がいっそ楽な場合もあろうが、知った上で、しっかりと地に足をつけて思考する力を、この少女には養って欲しい。
あるいは僅かなりとも、その助けとなってやりたいと、いつの頃からか、ひよこ豆は思うようになっていた。
永い時間を生きた者が、未だ幼く、若い芽を導き育てるようでもあるそれは、同族の若芽に向けると同じようにも見え、また、彼自身、そのように思いもした時期もあった…が。
「鬼達と、少しでも折り合うことは、無理なんでしょうか……」
「○○」
「先生に教えていただいた鬼との確執を思えば、仲良くするなんて無理だろうって、私も思います。けど……」
「……そうだな」
いつしか、ひよこ豆を『先生』と呼び慕うようになった○○に、彼は僅かに目を伏せた。
単なる知識の教授だけでなく、今のひよこ豆は時として、こうした○○の煩悶の相手も引き受けている。
陰陽師として成長著しい少女は、今や魔滅一族のみならず、本来は魔滅の仇敵であるはずの鬼の一部までも、己の式神としていた。