第1章 貪る狼-貪狼星-
そうして最後の一人が吹き飛ばされるように土手から転げ落ちた瞬間、その存在は、○○に振り返った。
瞬間、びく、と肩が跳ねる○○を振り返った存在…月明かりの中、思わず見惚れるような褐色の体躯をした男が、何かを確かめるように、○○の頭から爪先までを、しばし、じっ、と見つめ、そうして。
「……大事ないか」
問う、というよりは、勝手に納得するように、彼は言うだけ言うと、そこから去ってしまった。
○○は追いかけようとしたが、気づいた時には、その姿は消えていた。
出会いの始まりは時として、そんな不思議から始まるのかも、しれない……。
二度と会えないかもしれないと思い、でも心の何処かでは会いたいと願っていたその人物と、○○が思いがけず再会を果たせたのは、しばらく後。
それは、やはり偶然…だったろうか。
自ら名を名乗った○○が名を訊ねると、彼は自らを“ロウ”とだけ告げた。
それからというもの、時刻は決まって夜…そして当初は稀であったものが、時々、という頻度になった頃、ほとんど自らは喋らない彼だったが、いや、そんな彼だったからこそか、○○はぽつぽつと自らのことを語るようになり、やがて、失くしかけていたはずの表情の変化さえ、少しずつ男…ロウの前に晒すようになっていく。
そして、そんなある日の夜も○○はロウに、今日あったこと、楽しかったこと、陰陽師としての機密事項はもちろん喋らないが、それ以外のことをあれこれと話しては、年相応の豊かな表情を浮かべるようになっていた。
そんな少女の言葉にロウが耳を傾け、時々頷き、そしてやはり時々言葉を返してくれるのもいつものことだった、が、今夜の彼は、何処か違っていた。
「ロウ?」
どうかしたの?と心配する○○に、ロウは束の間目を伏せ、おもむろに告げたそれは……。
「貪狼…星……?」
普通の人間ではないかもしれない…とは、まだまだ駆け出し陰陽師の○○にも分かっていた。
狼の毛皮のような被り物という、その風貌。
それに、あの力と、気配……。
(何処かの強いあやかしか何かかと思ってたけど……)
何の害もない、まして自分を助けてくれた相手だ。
例え彼が本当にあやかしの類だったとしても、○○は構わないと思っていた。