第1章 貪る狼-貪狼星-
○○には、ちょっとした日課があった。
どんなに疲れていても…いや、疲れていれば尚更に、○○は眠る前の、ほんの一瞬でも時間を作っては、頭上に見える夜空を眺めていた。
季節によって、見える星は変化する。
どの星も綺麗だと思ったが、中でも○○は北斗九星が大好きだった。
陰陽師になる為の修行中も、時々眺めていた。
あの頃の○○はまだ、辛いことがあると夜空の下でそっと隠れて泣いたり、ほんの少しでも嬉しかったことがあると、それを報告するかのように、夜空を見上げていた。
今はもう…泣くことも微笑むことも、ほとんどないけれど。
でも、この日課だけは、何故かやめられなかった。
「私もまだまだってことなのかな……」
子供の頃の日課をやめられない。
それはいけないことだろうか。
これは、弱さだろうか。
迷うように立ち上がる少女の頭上で、北斗九星の一つが微かに、常と異なる煌めきを放ったことに、○○は気づかなかった。
そうして…その夜も、○○は結局夜空を見上げてしまっていた。
ちゅん太はとっくに寝ていて、目下、陰陽師である自分の、最初にして唯一の式神は皮肉げな顔で見送り、ここには来ない。
誰もいない、夜の川べり。
それは年頃の娘一人が出歩く場所でも時間でもなかったが、その辺りの常識が、陰陽師の修行ばかりに明け暮れた○○には欠落していたらしい。
この状況が実は至極危険なのだと察知したのは、見るからに良からぬ男数人に絡まれてからだった。
(しまった……)
と思ったところで、もう遅い。
修行の一環として、武術や体術も一通り習っているし、呪術も会得はしているが……。
一人で多勢相手に呪術を行使したことのない駆け出しの自分の力は、何処まで通じるだろうか。
それ以前に、明らかに下卑た男達に竦んでしまいそうだ。
でも、ここには自分しかいない。
自分だけで、どうにかするしかないのだ。
迷いつつも、○○はじりじりと間合いを取りながら、知らずに震える身体で構えを取った…が。
「……え」
思わず呆然と声を洩らす間もなく、○○の目前では不意に現れた新たな存在によって、男たちが一瞬で薙ぎ払われていく。