第5章 蕩ける華-地獄鬼-
「戦いの掟みたいなもんだ」
そう言って、地獄鬼は○○の帯に手を掛ける。
しゅる、と解かれる音に戦慄して、○○は、まだ少し痛む足のことなど忘れて身を捩った。
「ゃっ!やだ、離してよっ!」
こんなことで…ただ勝敗という、そんな理由で、地獄鬼の良い様になんてされたくなかった。
「やだっ!」
だから叫ぶように、逃げようと足掻く。
その真上で、地獄鬼が顔を歪めた。
「逃がさねえっつってんだろーがっ!」
怒気…だけではない、殺気すら覚えるほどの、空気を震わせるびりびりとしたものが周囲を包む。
すると、そんな彼の発するものに応えるように、周辺の景色も、空気も一変した。
そこは…何処かも分からない、地獄鬼の力が作り出した結界の内側……。
「俺から逃げるってんなら、その手足、へし折ってやろうか」
酷薄に…残忍に。
あるいは、これが地獄鬼の本性なのかもしれない。
初めて邂逅した時も、こんな風だった。
でもあの時は、傍に仲間達がいた。
けれど今は、○○一人だ。
恐ろしさに呑まれそうになる。
声が、上手く出せなくなりそうだった。
(けど……)
このまま呑み込まれたくない。
本当に手足を折られたとしても、思い通りになんて、なりたくなかった。
「……すれば」
どうにか絞り出した○○の声に、地獄鬼がぴくり、と反応した。
「何だと?」
「手でも…足でも、好きにすれば…良いよ。けど絶対、あんたの思い通りなんか…っ」
しゃくるように絞り出す○○を、地獄鬼が抱き締める。
「離せっ!」
咄嗟に足掻く○○を、地獄鬼は離さない。
その逞しい体躯から逃れるなど所詮、○○には徒労でしかなかった。