第5章 蕩ける華-地獄鬼-
その証拠に、地獄鬼は衣をしっかり着込んでいて、脱ぎ捨てるほどに解放されるという力のほとんどを押さえているし、そもそも鬼としての力を使うつもりもない、あくまで得物のみで勝負する気らしい。
まあ、それでも、己の腕で地獄鬼に勝てはしないだろうと分かっていながら、○○は小さく頷いた。
すると、そこへ。
「おや?面白いことになってるじゃないか。景気づけに、どうだ?」
にっこり、というよりは、にたり、とした笑みを浮かべて現れたのは畜生鬼だった。
こいつは要注意だとか、もっと警戒しろとか、他の仲間(式神)には何度も言われているが、○○は彼が嫌いではなかった。
まあ、企みごとが好きそうだとか、諸々問題がないとは言わないが。
それでも特段、この酒を断る理由が、今の○○にはない。
実のところ、あまり酒は得意ではなかったが、少しくらいなら、と○○は手を伸ばしかけ…しかし。
がしゃんっ!
地獄鬼の手がそれを叩き落とし、無言で畜生鬼をねめつけた。
「ふざけた真似すんじゃねえよ」
唸るように吐き捨てて、地獄鬼は○○の手を掴んだ。
「え、ちょっと、何処行くの!?」
「広い場所だ。ここじゃやり難いし。何より、お前だって自分の負けっぷりなんざ、見られたくねーだろが?」
「なっ!ま、まだ負けてないでしょ!」
「あー、そうだったな」
「何よ、もう!えらそうにー!」
こうなったら絶対勝ってやるんだから、とうっかり言い放ちはしたものの、そんなものは幻以前の問題なのだと思い知らされたのは、それから僅か数瞬の後のことだった。
どんなに必死に食らいつこうとしても、切っ先一つ、地獄鬼の衣を掠めることさえできない。
地獄鬼はほとんど得物を振るわず、ただひらひらと舞うようにしているだけなのに……。
当の○○はといえば。
「やあぁぁぁっ!わっ!?」
勢い余って足を滑らせ、揚句、捻ってしまうという失態によって、勝負はあっさり終わりを告げた。