第12章 唯-小鳥遊正嗣-
「そんなもの…決まっているだろうに」
「え?」
「申し訳ないが、私はもう、貴女の『兄』ではいられないのだよ」
○○は瞠目した。
当初は確かにそんな風に思っていたが、しかしそれを口にしたことはない。
一陰陽師が小鳥遊家の人物を、仮にも『兄』のように思っている…などと言葉にするのは憚られた。
なのに、彼は感づいていたというのか。
(でも、あれは……)
「あ、あれは……」
「あれは?」
「あれは…でも……」
今ではもう、そんな風には思えないのだと正直に告げれば、それはそのまま想いを吐露してしまうことにはならないだろうか。
迷う○○の眼差しを見つけて、正嗣は動いた。
「私は貴女の兄ではない。『兄』が『妹』に恋慕など、ありえないだろう?」
「……っ!?」
瞬間、何を言われたか瞬時に理解できない○○は瞬いたが、その隙を突くようにして、正嗣は再び少女を抱き上げた。
「あの夜、貴女を抱いたのは、私がそうしたかったからだ。魔声を用いるにしても、声だけで事足りるものを、震える貴女が愛しくてならなかった」
だから…弱味に付け込んだと思われても、あの夜……。
「貴女に触れずにはいられなかった」
けれど、それは己の勝手だ。
そのまま彼女を帰しては、かえってその心が壊れてしまうかもしれない。
だから暗示をかけて、何事もなかったように、その後も接し続けた。
「貴女を傷つけたくはないのに、私は…貴女を傷つけてしまう」
あの夜も…そして、これからの…時も……。
けれど……。
「もう、二度と忘れさせはしないよ」
覚悟を語るかのような彼の口振りに、○○は震えながら首を振る。
「ちが…っ、ちがい、ます…っ」
「○○?」
一方で、その間にも、かたり、と新たな襖が開く、更に奥にもう一つ存在したそこは……。
「ぁ……っ」
緩やかに下ろされたのは、閨の褥。
すぐさま覆いかぶさるように迫る彼の面に、○○を一瞬目を瞑った。
傷ついてなどいない。
自分は、彼に傷つけられてなど、いない。
叶うはずがない。
だから…言葉にもしない。
そう決めていた想いだった…けれど……。