第12章 唯-小鳥遊正嗣-
言いながら薄く笑う彼の表情は、いつものように綺麗で、けれど、何処か苦いものを滲ませてもいるようだったが、それを言うなら○○こそが、正に混乱の只中にいた。
(小鳥遊さん…今、なんて……?どういう、意味?)
彼の言葉の意味が、○○には分からない。
心弱り、頼ってきた『女性客』として、彼はあの夜、自分を……。
そう思っていたのに。
だから、他の女性達にも同じようにしているのだろう、と思ったら、切なくて堪らなかったのに……。
「小鳥遊さん……?」
何をどう訊ねたら良いのか、言葉が見つからない○○に、彼は刹那、何もない宙を見やり、再び○○を視界に捉えた。
「あの夜の貴女は確かに壊れてしまいそうだった。しかし、弱った心を癒すだけなら、私はただ、魔声で貴女を慰め、術で心を解きほぐすだけで事は足りていた」
ひどく泣いていたとはいえ、せいぜいが優しく抱き締め、あやすだけで、本来は十分だったのだ。
壊れかけ、震えるその身を癒し、慰める為に、あんな風に一つに溶け合う必要など、何処にもありはしなかった。
告げられた真実に、○○はもう、何が何だか分からなくなっていた。
「なん…で……?」
それなら何故あの夜、あんな風に彼は自分を抱いたのだろうか。
『大丈夫』と何度も何度も囁いて、そして…一つになって…朝まで……。
「どう、し……っ」
どうして…という、二度目の問いかけは、しかし○○は皆まで音にはできなかった。
「ゃっ……!?」
手を引かれ、再び彼の胸に閉じ込められてしまったから……。
(やだっ…こんなの…っ)
叶わないと知っている。
それで良いと思った…思うようにしていた。
なのに、こんな風にされたら…驚きながら、心が痛くなりながら、それ以上にどきどきして、○○はどうにかなってしまいそうだった。
顔が熱くて…おかしくなりそうで。
それなのに、そんな○○の顔を見て、彼は微笑んだ。
「本当に愛らしいね、貴女は……。でも、それも時には罪だね。ここまで告げたのに、『どうして』なんて……」
「たかな、し…さ…っ」
熟れた頬を愛でるように掌で包みながら、正嗣は○○の頬に唇を寄せた。