第11章 魔法の夜に-紅茶屋のお兄さん-
数日後、祭の余韻もすっかり消えた街を、○○はいつものように歩いていた。
肩には、これまたいつも通りに雀のちゅん太が乗っている。
ただ一つ、それまでと違うのは、○○の胸元の、とある飾り……。
それはブローチと呼ばれるもので、胸元に飾ったりするものなのだ、と知ったのは、祭の翌日のことだ(物知りな式神が教えてくれた)。
それから○○は、事あるごとに、こうしてブローチを着けている。
夢の時間は、とうに終わっている。
でも、夢のようではあっても、あれは夢でも幻でもない、確かに現実の時間だったのだと教えてくれる、このブローチはその名残……。
過去に捕らわれるつもりはもちろんないが、まだもう少し、これを身に着けていたいから。
「今日は依頼先の下見だったよね、ちゅん太」
少しだけブローチに手を触れながら、陰陽師の顔に戻った○○は、慣れた道を闊歩する。
真っ直ぐに道を抜け…ふと、何処か覚えのある香りを感じた気がした、刹那、
「こんにちは、お嬢さん。お急ぎでなかったら紅茶を一杯、いかがですか?」
目の前に現れたのは、仮面をつけた漆黒の紳士ではなかったけれど、でも。
この声…そして、半分見えていた面と、その髪……。
何よりも。
「え、ちょっ、あのっ、こんなところでっ」
優雅に跪き○○の手を取る、その仕草が、あの夜の彼と重なっていく。
「またお会いできましたね。お嬢さん」
夢でなく、祭だからでもなく。
実は紅茶専門店に務めているのだという彼が、そこにいた。
「どうして」
どうして彼は、自分があの夜の黒猫だと分かったのだろうか。
服装はもちろんだが、あの時の自分は、具羅摩作の化粧をしていた。
我ながらまるで別人だ、と鏡を見て思ったほどだ。
それなのに。
(何で、私って分かるの?)
不思議で堪らない、と如実に表情で語る○○に、彼は小さく吹き出した。
「どうしてと言われましても、分かってしまうんですよ」
どうしてでしょうね、とやや軽口を零す一方で、彼は嬉しそうに○○の胸元を飾るものに目を細めた。
「あの時のブローチ、着けてくれているんですね」
「え…あ、はい」
何だか気恥ずかしくて俯きながら、○○はまだ十分に余裕のある時間を、彼のいる店で過ごすことにした。