第11章 魔法の夜に-紅茶屋のお兄さん-
『フランス』という国の名前は知っているけれど…でもそれだけで、○○は彼からもたらされる言葉の数々に驚き、同時に、知らない世界が開けていくようで、何だかわくわくする。
そんな○○の表情に気づいたのか、エリックも嬉しそうに請け合った。
「ええ。私の故郷のものではありませんが、気に入って、何度も読み返しました。残念ながら、ここではまだ出版されていないようですが、原書なら持って……」
「?エリックさん?」
「いえ、何でもありません」
皆まで言わずに途切れた言葉。
最後のそれを聞き損ねた○○は首を傾げたが、エリックは元通りの笑顔を見せながら、ふと、辺りを見回した。
「ああ、そろそろ魔法が解ける頃合いですね」
「え?」
南瓜祭は夜通し…空が白むまで続く。
だけど、と、エリックはそっと○○の手を取った。
「途中まで送らせていただけますか?」
祭とはいえ、夜通し練り歩く女性はほとんどいない。
既に真夜中に差し掛かろうという時間を図るように告げる彼の意図に、○○は頷いた。
「ありがとうございます」
術…ではなくて、確か、そう、エリックは魔法と言っていた、と○○は心の中で反芻した。
それも、西洋の言葉なのだろうか。
いずれにしろ、南瓜祭という魔法は、もうすぐ解ける。
初対面でありながら驚くほど打ち解けていた二人もまた、その帰途は思いのほか無口になり……。
やがて○○が立ち止まったそこで、魔法は終わりを迎えた。
「今夜は、ありがとうございました」
一人だったら、きっとこれほど楽しめなかったに違いない。
本当に嬉しくて、○○は彼から貰った飾りを握り締めた。
今夜、初めて会ったのに。
数時間一緒にいただけの、本名も、何も分からない人なのに。
別れてしまうのが淋しいと思うのは、どうしてなのだろう、と自問する○○の前で、彼は不意に、跪いた。
「………っ!?」
驚く○○を、エリックは更に驚かせる。
「ぇっ、ぁ、ぁのっ?」
彼は○○の手を取り、その甲に…そっと、唇を寄せた。