第11章 魔法の夜に-紅茶屋のお兄さん-
「はぁ…はぁ……。大丈夫ですか?」
「…はい。だい…じょぶ……」
逃げて走った先は、街から少し離れた小さな広場。
祭の賑わいも少しだけ遠くに感じるそこで、エリックは○○の手に、先程の景品を乗せた。
「はい、どうぞ」
「え、でも…せっかく取れたのに」
「だからこそ…ですよ。貴女が欲しいと言ってくれたんですから」
「え……」
「貴女が受け取ってくれなければ、意味がありません」
仮面に隠れ…けれど半分見える表情は、柔らかに微笑んでいる。
祭の明るい飾りのない場所でも、それははっきりと分かった。
でも同時に、何処か改まったような、ただ微笑んでいるだけではないような……。
(気のせい……?)
出会って、まだ数時間も経っていない。
だから、気のせいなのかもしれないけれど。
「ありがとうございます」
そう言って、○○が彼の贈り物を受け取ると、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「こちらこそ。受け取っていただいて、ありがとうございます」
彼の素性を○○は知らない。
彼もまた、○○の素性を…陰陽師を生業としているなんてことを、知り得ない。
知る必要もない、不思議なこの夜……。
それなら…それで良い。
むしろ、その方が良いのかもしれない。
だけど、一つだけ……。
ずっと気になっていたことを、○○は口にした。
「エリックさん、それは何の格好なんですか?」
自分は黒猫で、出会ってすぐに、彼もそれに気づいてくれたけれど。
○○には、彼の出で立ちが何を模したものなのか分からなかった。
「ああ、これはファントムです。南瓜祭に合わせて、色々と脚色もしましたが」
「ふぁんとむ?」
「『Le Fantôme de L'Opèra』という、フランスの作家が書いた物語があるのですが、ファントムは、その登場人物です」
「ファントム……。その、仮面も?」
「ええ。物語の中の彼は、誰にも素顔を見せずに仮面を着けています。皆にはファントムと呼ばれて恐れられ、忌み嫌われて。でもやがて一人の女性を心から愛するようになることで凶行に走ってしまう。そんなファントムですが、私には彼という人物がとても魅力的に見えました。エリックというのは、ファントムの名前なんです」
「エリック……?」
「はい」
「フランス……」