第10章 標的捕捉-諜報部隊・隊長-
禁煙しつつ、結局はこんな夜があると知っている男は、常に懐に忍ばせている煙草に手を伸ばす。
久し振りの煙草を咥えれば、頭上からぽつぽつと雫が落ち…やがて、それは叩きつけるような大雨になった。
水を吸ったシャツが、身体に纏わりついて気持ちが悪い。
だが、そんなことさえ、今の彼にはどうでも良い。
いっそ全部流れてしまえとばかり、男はそこから動かなかった。
これは任務。
これが生業。
だからこの先も放り出す気などないけれど。
時に、こんなどうしようもない夜があるのだ。
「……吸っちまったぞ、○○」
禁煙が続かない自分に、頑張れ…なんて言っていた少女は、今ここにはいない。
もし、いたら……。
いれば…自分は……。
ずぶ濡れのまま、上手く火のつかない煙草をそれでもどうにかくゆらせて、雨にまみれながら更に二本目に手を伸ばす。
思えば、男にとっての煙草の始まりは、こんな風に暗澹とした夜に、気持ちを鎮める為だった。
そして、それは今もずっと変わらない。
だから禁煙も成らず。
なのに、ある時、不意に現れた…煙草などとは比較にもならない、男の心を鎮める存在……。
打ちつける雨…何処までも闇色の天を仰ぎながら、男は頬を歪める。
この場にあって、ふと彼女を思い出してしまう自分に自嘲した。
今この時、もしも○○の生を…そこに生命が宿っていることを教えてくれる温もりに触れられたなら。
他の誰かでは駄目だ。
○○でなければ、男には意味がなかった。
欲するのは、○○だけ……。
自分を鎮めることができるのは、あの少女だけだ。
いつの間にこんな風になっていたのか…なんてそんなもの、そもそも分かれば世話もない。
分からないからこそ、知らぬ間のことだからこそ、気づいた時には対処も抵抗も今更という有様だ。
そういう意味で、これはなかなか。
(タチが悪いぜ)
毒づいたところで今更だし、抗うどころか、自分を笑ってやりたいくらいだ。