第10章 標的捕捉-諜報部隊・隊長-
○○といると、楽しいと思った。
己の生業ゆえの暗鬱としたものが、ひととき晴れる。
子供扱いすると怒って。
かといって、ちょっと女扱いして見せれば真っ赤になって狼狽える。
その手のことには免疫皆無に近そうな少女が面白くて…そして……。
任務の暗い余韻を払うための煙草など、不要になるほどの存在になっていた…なんて。
「何て奴……」
知らない内にハマってた、とはこういうことか。
男は頭を掻く。
女なんて、他にだって当然知ってる。
知っているが、こんな風に、自分から暗鬱さも、煙草すら忘れさせる相手なんて何処にもなかったのに。
夜の街で時折邂逅する少女……。
ただ、それだけの存在。
それだけの、関わり……。
それ以上でも、以下でもない。
向こうもそうだろうと思うのに。
「俺は……」
しかしそんな男の物思いなど関わりなく、任務は巡る。
その夜も、男は音もなく銃を構えていた。
どんっ!
どぅんっ!
常であれば一度きりの銃声は、その夜は二つ…静寂を裂くように束の間、音を引き、消える。
任務は、完了。
それは、いつも通りのことだ。
だが……。
「ちっ……」
その夜の任務は、彼にとって、ひどく胸に悪いものだった。
標的は二人。
一人は壮年の男。
そしてもう一人は、まだ若い、青年の域を出ない、一人息子……。
父が斃れても、跡取り息子が残っては禍根になるとして、父と共に標的とされた。
今までにもこの手の任務はあったし、問題なくこなしてきたが……。
なのにどうにも胸に悪いのは、この手で撃ち抜いたあの青年が、友とは言わぬまでも、ひょんなことから知り合った知己であったからか……。
地位ある父を持ち、いずれ跡を継ぐ身でありながら奢りを見せることのない、彼はそんな青年だった。
しかし……。
(それが、どうした)
偶然知己を得た存在であろうと、見知った相手であろうと、己の属する財閥にとっての敵であれば、撃つ。
今までと、それは何ら変わらない。
だから別に辛くも哀しくもない。
涙を流したこともない。
だが、胸の何処かがざわざわと不快に騒ぐ己は、この任に当たる者としては、まだまだ…ということか。
分かっていながら、まだ徹しきれない己に、男は自嘲する。
そして、こんな仕事の後には、決まって煙草に手が伸びた。
そうやって、結局禁煙は続かないのだ。
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