第10章 標的捕捉-諜報部隊・隊長-
今では、こちらに気付いて近づいて(場合によっては駆け寄って)くるのは、○○の方が多い気がする、というより、確実に○○の方からだ。
こちらの任務など知らぬはずなのに、夜陰に紛れる様に、彼女なりに何かを察しているのか、駆け寄るにしても、そっと、静かに寄ってくるのが面白い、と男は小さく笑う。
それまで○○を守っていた式神達は何か言いたげ(というよりはやや睨むように)しつつも、○○の言葉に応じて姿を消し、夜という短い時間に交わすのは、互いに務めとは何ら関係のない、脈絡のないことばかりだった。
「この前飲んだ酒は、なかなかだった」
「お酒?」
「ああ、お子様には早かったかな」
「お子様じゃないもん!」
「ぷっ」
「何それ!」
「そういうとこが、お子様なんだろ」
「ぅ~~っ、そんなこと言って、ちゃんと禁煙続いてるの?」
「痛いとこを突いてくれるじゃないか。だが、残念。今んとこ、ちゃんと続いてるぜ?」
「本当に?このまま続くと良いね!」
「…だと良いがな」
「頑張ってね。応援ならいっぱいするから!」
「応援だけかよ」
「他に何があるの?」
「さて、何をしてもらおうか」
「っ!またそうやってからかってー!」
なんて、○○と交わす言葉は一事が万事(といっても、会うこと自体そう多くはないが)こんな調子だ。
くだらない、どうでも良いような話ばかりを並べて、からかって、わざと怒らせたり笑わせたり。
くるくる変化する彼女を見て、いつの間にか楽しんでいる自分がいる。
だが所詮は、ただそれだけの関係だ。
最初は、ただ何となく言葉を交わして。
そして今では、いじると面白い相手として……。
本当に、それだけの存在のはずだったのに。
「あれ、隊長?もしかしてまだ禁煙、続いてるんですか!?」
ある日、部下の一人に指摘されて、男は自分の禁煙記録が過去最長を更新していることを知った。
今までは、吸いたくて吸いたくて、それでも我慢して禁煙しようとしては、失敗してきた(既に四度失敗している)。
なのに今では、吸いたいという衝動に駆られない自分がいる。
「く…はは…っ」
一人になった場所で、男はすぐさま理由を悟って笑い出した。
子供だなんだと、からかって面白がって。
でもその相手に、その実、自分は癒されていたらしい。