第2章 虚実-日本茶屋のお兄さん-
おずおずと見上げた、彼の眼鏡の奥の眼差しが…冷たい。
嫌われたのだと悟るのに十分なそれに、しかし不意に零れそうになる涙を堪えて、○○は必死に笑顔を繕った。
「う、うん。分かった」
それだけ言うのが精いっぱいで、○○は泣きながら元来た道を辿って帰った。
「私…何かしちゃったのかな」
きっとそうだ、と○○は思った。
物腰柔らかで、いつだって丁寧で優しくて、そんな彼に、自分はきっと無意識の内に何かしてしまったに違いない。
嫌われてしまった。
もう来るな、と言われてしまった。
辛い…切ない。
苦しい……。
胸が引き絞られるように痛い。
けれど、来るな、と彼が言うのなら。
たくさん優しくしてくれた彼がそう望むなら。
部屋で一人泣きじゃくりながら、○○はせめて彼の意思に従おうと思った。
でも…でも、せめて……。
(もう一回だけ……)
それすら、彼には迷惑かもしれないけれど。
でも、自分が何かしてしまったのなら。
彼を不快にしてしまっていたのなら。
それが何かを悟れない愚かな自分だけれど、一度だけ、ちゃんと謝りたい。
(だって、きっと私が悪いんだもん)
そう思いつめた少女は、陰陽師の務めも一段落した数日後の夕暮れ時、空いているだろう頃合いを見計らって店を訪れた。
このまま、店の正面から入った方が良かったかもしれない。
だが、そっと覗いた扉の向こうで立ち働く店員達を見ていると、正面切って店に入る勇気が萎える。
○○は結局、来るなと言われたのを承知で、これを最後と、裏口に足を向けた。
そっと…店の店員にも、店の奥にある居住空間(つまりこここ)で働く女中達にも見つからずに、○○は彼の居室に近づいた。
(さっきはお店にはいなかったから……)
もしかしたら、部屋にいるかもしれない。
留守かも…しれない。
どきどきするままに、○○は恐る恐る目の前の、閉じている襖に近づいた…途端、
「………ぇ?」
「貴女は…どうして…っ」
不意に引き開けられた戸から伸ばされた手に、○○は強引に室内へ引き込まれた。