第12章 紅い桜の木の下で
『仁蔵さん!仁蔵さん!!』
同化した紅桜が粉砕し、目を堅く瞑ったまま動かない仁蔵さん。
何回呼び続けたか、ふと仁蔵さんの瞼が微かに痙攣した。
そして、
「なんだィ、そんなにしつこく呼ばれちゃ眠れないじゃないか」
相変わらず閉じた目で私の方を向き、掠れた声を絞り出す仁蔵さん。
意識が仁蔵さんに戻ったようだ。
泣くのなんていつぶりだろうか。
私の頬を一筋の涙が伝う。
『ごめんなさい、仁蔵さん。私貴方を助けたかったのに…結局何にも出来なかった』
いつも優しく頭を撫でてくれた暖かかった手にそっと自分の手を添える。
仁蔵さんはいつものように優しい笑みを浮かべる。
「俺はどっちにしろ助からなかったさ。あの人が、死に場所をくれたおかげで俺はこんなに名誉ある死を遂げることが出来る。
それに、最後にアンタとまた話が出来た事が何よりの救いだよ」
そう言い、震える手で頭をポンと撫でてくれた。
「唯一アンタの事が心配だよ」
はぁ、と溜息を吐く仁蔵さん。
キョトンと首を傾げると、似蔵さんは堰を切ったように喋り出した。
「俺が居なくても訓練を怠るなよ。怪我をしたらちゃんと手当するんだよ。傷を残しちゃいけないよ。
俺がいなくても一人で髪結い出来るようになるんだよ」
『プッ…アハハ!さすがお父さん』
私は思わず笑っていた。
仁蔵さんも優しく、静かに笑っていた。
「最初で最後のお願いだ」
仁蔵さんが力なく、それでも、優しく笑った。
「俺はもう疲れた。俺が眠るまで子守唄頼めるかィ?」
涙で上手く歌えるかわからない。
それでも仁蔵さんが望むなら…
『うん…。おやすみ、仁蔵さん』
似蔵さんの手を握り、私は歌った。
仁蔵さんとの想い出を、
仁蔵さんへの想いを、
仁蔵さんへの感謝を、
心の底から込めて。
仁蔵さんが次はきっと幸せな人生を遅れるよう祈りを込めた鎮魂歌を。
一曲が終わり似蔵さんを見ると、安らかな顔をしていた。
私は、何時からか現れた気配に語りかける。
『高杉さん、明日から早朝稽古付き合ってくださいよ』
「…あァ。
…行くぞ」
私は高杉さんについて行くために立ち上がる。
『バイバイ』
仁蔵さん。
大好きだよ。
眠っているかのように安らかな仁蔵さんの亡骸を後にする私達の後ろで、
ヒラリ、桜が舞っていた。