第12章 紅い桜の木の下で
『仁蔵さん…』
船内にある倉庫に一人、うずくまる仁蔵さん。
今は無き右手を押さえつけながら苦しそうに荒い息をついていた。
私はそっと近寄り、その右手に手を置く。
いつの間にか仁蔵さんのその右手には紅桜が同化してしまっていた。
「チサか…」
『仁蔵さん…。もう止めよう?これ以上紅桜を使ったら仁蔵さんが壊れちゃうよ…』
仁蔵さんの手がポンと頭に置かれる。
「お苦しみのところ失礼するぜ」
倉庫の入り口には、いつの間にか煙管をふかす高杉さん。
「お前のお客さんだ。
色々派手にやってくれたらしいな。おかげで幕府とやり合う前に面倒な連中とやり合わなきゃならねーようだ。
…桂殺ったらしいな。おまけに銀時ともやり合ったとか。わざわざ村田まで使って」
口許は怪しげな笑みを浮かべているが、その皮肉めいた言葉、声色から不機嫌なのが解る。
「で?立派なデータはとれたのかぃ?村田もさぞお喜びだろう。奴は自分の剣を強くすることしか考えてねーからな」
ギロリと睨む高杉さんに、仁蔵さんが挑発めいた笑みを送る。
「アンタはどうなんだい。
昔の同士が簡単にやられちまって、哀しんでいるのか、それとも……」
ガキィィン
高杉さんが刀を抜き、それを仁蔵さんが最早紅桜になった右手で受け止めた。
「ほォ」
高杉さんが感嘆の声をあげる。
仁蔵さんと紅桜をチラリと見、
「随分と立派な腕が生えたじゃねーか。仲良くやってるようで安心したよ。文字通り一心同体ってやつか。
さっさと片付けてこい。アレ、全部潰してきたら今回の件は不問にしてやらァ。どの道連中とはいずれこうなっていただろうしな。
それから…」
倉庫を後にする高杉さんがピタリと立ち止まり、
「二度と俺たちを同志なんて呼び方するんじゃねェ。
そんな甘っちょろいモンじゃねーんだよ俺たちは。
次言ったら紅桜ごとブッた斬るぜ」
鋭い眼光で言い放ち、今度こそ高杉さんは何処かへ行ってしまった。
『…仁蔵さん』
「悪いねチサ、総督様の命令だ。自分の後始末は自分でやるさ」
仁蔵さんは右手を抑え、苦しそうな表情のまま倉庫を後にする。
どうして?
どうしてこうなっちゃうの?
止められないの?
仁蔵さんを苦しめる紅桜が憎い。