第10章 酒は飲んでも呑まれるな
バシッ
ガッ
まだ朝陽も完全に登りきっていない早朝のこと。
ドンッ
バンッ
『いだっ』
私は仁蔵さんと一緒に訓練場で竹刀を合わせていた。
『うぅ…。何回やっても仁蔵さんに勝てる気しないよ…』
見事に一本取られた私が転んだ拍子にぶつけた頭をさすりながら仁蔵さんを見上げると、
「女子にしては中々の腕前だよ。誇って良い」
仁蔵さんはそう言っていつも励ましてくれる。
『でも戦闘任務には全然就かせてくれないんですよー?』
「それだけアンタが大事って事さ。察してやんな」
ここ最近、私はこうして明け方に仁蔵さんと訓練稽古をするのが日課になっていた。
並の隊士さんにはもう負け無しで勝負にならないし、
また子ちゃんは銃専門だし、
武市先輩には素手でも勝てる自信あるし、
万斉さん曰くは「晋助のお気に入りに傷でも付けたら拙者の身が危ないでござる」だそうだ。
ちょっと腕がたつ人達も口を開けば“高杉さん”だ。
高杉さんなんか、私がちょーっと悪ふざけが過ぎるとしょっちゅう刀向けてくるのに。
それのどこがお気に入りっていうんだ!
挙げ句の果てには、高杉さんに稽古を頼んでも面倒くさいとかほざきやがる。
その点、仁蔵さんは当たり前のように稽古をつけてくれるし、手加減もしない。
あまり実戦をしたことがない私にはとてもありがたかった。
そんなこんなで今日も今日とて竹刀を合わせ、そして負けている。
「チサ、こっちにおいで」
仁蔵さんがちょいちょいと私を手招きする。
なんの疑問もなく側に寄れば、
グイッ
『い”っ…⁉︎⁉︎』
「アンタまた無理してたんだろう?腕擦りむいてるじゃないか」
長い袖で隠した私の腕を掴んで言う仁蔵さん。
この人は目が見えないくせに本当に鋭い人だ。
「アンタだって立派な女の子なんだ。傷でも残ったら大変だろう?」
そう言ってどこからともなく取り出した救急セットで消毒を始めた。
本当に鋭くて優しい人。
皆なぜか仁蔵さんを遠ざけ、好いていないようだけど、私はこの人を嫌いにはなれない。
腕の手当もあっという間に完了というところで
突然訓練場の扉が開いた。