第9章 笑顔に騙される事なかれ
夕飯も食べ終わり、辺りはすっかり夜闇に包まれている。
そんな中私は一人船内をパタパタと走り回っていた。
『仁蔵さん!!』
やっとお目当ての人を探し当てたのは船の屋根の上。
仁蔵さんは屋根の上で一人、月を見上げて晩酌をしていた。
私の呼び声に気づくと、瞑った目をこちらへ向けて笑った。
「相変わらずアンタは妙な匂いがするねェ」
え⁉︎私そんなに臭い⁉︎
咄嗟にクンクンと自分の着物の匂いを嗅いでいると、仁蔵さんは可笑しそうに笑った。
「気を悪くしないでくれ。そういう意味で言ったんじゃないよ。
俺はこの通り目が見えなくてね。代わりに鼻が獣並みに効くんだよ」
プシュッと鼻薬を使って見せる。
「アンタからは、俺達と同じ匂いと、全く違った知らない匂いが混ざって匂う。
一体何者なんだい」
多分違う匂いっていうのは、元の世界の匂いの事なんだろう。
私が言えずに口籠っていると、仁蔵さんは肩を竦めてまた笑った。
「ところでお嬢さん。何か俺に用があって来たんじゃないのかィ?」
言われてやっと思い出した。
私はここにある作戦のために来ている。
題して、“謝礼〜ついでに仁蔵さんと仲良くなるぞ〜作戦”だ。
『ハイ!さっきは助けてくれてありがとうございます!』
さっきというのは、私が神威と勝負していた時の事を指している。
仁蔵さんは少し考える素振りをして、やがて思い出したのか、ああといって頷いた。
「なぁに、礼には及ばんよ。鬼兵隊の大事な花に傷でも付いたら大変だろう?」
花なんて、照れるなぁ///
『良かったらコレどうぞ』
照れながらも渡すのは先程夕食に出したプリン。
『仁蔵さん、夕食にいらしてなかったみたいなんで…。
あ!でも、甘いのダメだったら無理しないでください』
驚いた顔をしながらもプリンを受け取る仁蔵さん。
そしてそれを掬い口に入れ、
「うん。なかなか美味しいじゃないか」
そう言って笑って私の頭をポンと撫でてくれた。
その後私は仁蔵さんの晩酌に付き合って色んな話をした。
仁蔵さんは冷たいだけの人じゃない。
闘いだけがすべの人じゃない。
よく笑ってくれる、
温かくて哀しい人。
仁蔵さんといると私は自然と顔が綻んだと同時に
これから先起こることを思うと
酷く悲しく思えたんだ。