第8章 触れて離れて
彼の手を引いて、残り少ない私の体力を使い果たす勢いで走り出す。上り坂はきついなぁ! しんどい! 息が上がる……。
「まったく、言いだしっぺが……ペースが落ちているぞ」
「う、煩いやいっ!」
すると、ふっと征十郎の笑う声が聞こえたかと思えば、鮮やかな赤が横を通り過ぎて今度は彼が、私の手をしっかりと握り走り出した。
「青春しようっ、有栖」
「征十郎!!?」
足が縺れそうになる。しかし、さらりと征十郎が流れるような動作で私をあっさりお姫様抱っこして、走り出す。バスケ部ってこんなことまで出来るの!? と変に感心していると後ろの方から「赤司君のへんたーい」と黒子の声がした。
「俺は変態か?」
「いや……違うとは、思うよ」
楽しそうに走る征十郎は、今まで見たどんな表情よりもかっこよくて……あれ?
こんな征十郎を、私は知らない。
記憶の中に彼は、いつでも仏頂面で心の奥が見えないでいた。気付けば大人に囲まれて、気付けば少し浮いた存在で。天才とはまさにこの事だった。けれどいつしか、そんな彼を遠く感じるようになって、幼いながらに彼と自分との決定的な違いを知って、距離を置いた。
けれど何の運命の巡り合わせか、こうしてまた彼と距離を縮める日が来ようとは。
全てのきっかけは、あの雨の夕刻。敦君との出会いに繋がるのか……。