第16章 相合傘
「……有栖ちんってほんと馬鹿」
「うん」
「俺のこと大嫌いとかいうし、ぐちぐち煩いし、まじ俺の勝手だし」
「うん」
「……泣いてた?」
「……ん?」
敦君が少しだけ屈んで、私の顔を覗き込む。大きくて太い指で、青峰がしたみたいに、まるでその部分を上書きするように目元を拭う。もう、涙はないはずなのに。
「泣くくらいなら、言わなきゃいいじゃん」
「……放っておけなかった」
「お節介」
「敦君だからだよ」
「……はっ、意味わかんないし」
それもそうだよね。敦君も……私のこと、知らないことばかりだもんね。そうだね。お互い……何も知らないんだ。
「敦君、ごめんね。口出して」
「……」
「でも、敦君だから言いたくなって止められなかった。嫌いなんて、嘘だよ」
「……知らないし」
「……うん」
許してもらえないかもしれない。それでも、ちゃんと、謝りたい……。
「叩いてごめんね。痛かった……よね、ごめん」
「じゃあ、一つ俺の言うこと聞いてくれる?」
「で、出来ることなら……だけど」
「そのまま、動かないでくれない?」
「いいけど……何するの?」
大きな両手が、私の頬を包み込む。知っている顔が、瞳が、目の前に映る。近すぎて、上手く見えない。唇に重なる感触は、彼のものだ。ゆっくりと、瞼を閉じた。
隙間から入り込む舌、歯をなぞりながら這い回って、力が抜ける。くすぐったいような、それとはまた違う感覚が身を駆け巡る。
「……っ、有栖……ちん」
「……あつ……しくんっ」
満たされていく。ごめんなさいも、それ以上も、言葉ごと呑み込まれて敦君で満たされていく。