第1章 ホタル ※
午後10時。
兵舎の外にはまったく人影が無かった。
訓練場には明かりが付いていたから、リヴァイが鍛錬をしているのかもしれない。
ハヅキとふたり、砂利道を歩く。
頭上には満点の星空が広がっていた。
「夜になると、少しは涼しくなりますね」
いつになく黙り込むハンジを気遣ってか、ハヅキが明るい声を出した。
しかし、分隊長は軽く相槌した程度で、再び口を閉ざしてしまう。
いつもなら他愛のない話を延々としているのに・・・
「・・・・・・・・・」
やはり、気持ちを伝えるべきでは無かったか。
いつ死んでも良いよう、自分の想いを知っておいて欲しいなんて、自分勝手な考えだった。
「あの、分隊長・・・」
謝ろうとした、その時。
「ハヅキ」
ハンジは小さな泉の前で足を止めると、澄んだ水面を指差した。
「あそこを見て」
そこには、点滅する無数の光。
ユラユラと宙を浮いている。
「ホタル」
その柔らかで儚い火に、ハヅキは微笑む。
しかし、ハンジは自らの宿命を重ね、つらそうに眉根を寄せた。
ここなら誰もこない。
真実を、話さなくては・・・
だけど・・・怖い。
ハヅキ・・・どうして私を好きになんてなったの。
部下としてそばに居てくれれば良かった。
それ以上は望まなかったのに・・・
「分隊長」
不意にハヅキの手が、髪に触れた。
「ホタルが分隊長の髪に止まってます。とてもきれい」
「・・・ハヅキ、ごめんね」
「え?」
柔らかな手を取り、口元に持っていく。
そして、そっと甲にキスをした。
ハヅキの心臓がドキリと鳴る。
鼻筋が通り、聡明な目をしているハンジは、まさに秀麗という言葉が相応しい。
でも今は、とても儚くて暗闇の中に消えてしまいそうだった。
「ハヅキに聞きたい」
夏の夜風がふたりを撫でる。
「私を男性だと思って、好きだと言ってくれているの?」
「え・・・?」
それは、予想もしていなかった質問だった。
一瞬、からかっているのかとも思ったが、ハンジの目がそうでないことを物語っている。
「それとも、同性愛・・・つまり、私を女性だと思って好きだと言ってくれたの?」
「・・・・・・・・・」