第2章 海
悔しい。
清田のように泣き叫ぶことができていたら。
神のように呆然と立ち尽くすことができていたら。
少しはこの気持ちを消化できたのかもしれない。
誰よりも勝利に貪欲で、敗北を嫌う男だ。
それでも、キャプテンという立場上、冷静を保たなければいけなかった。
「ちくしょう・・・」
しかし、ここにはハヅキしかいない。
自分と同じ・・・いや、キャプテンと監督を兼任するという、さらなる重圧を背負った男の妹。
きっと少しくらいなら、弱みを見せても許してくれる。
髪に顔を埋め、逃した夢の代わりとばかりにその体を強く、強く抱きしめた。
「紳一」
「・・・・・・・・・・・・・・」
応援に行けなくてごめんね。
でも、どうしても見れなかったの。
お兄ちゃんが果たせなかった夢を貴方が叶えたとしても、
貴方が夢を果たせずに終わったとしても、
その姿を見てあげられる自信がなかった。
怖かったの。
ザザーンと波の音だけが響く。
柔らかい手が、日焼けした逞しい腕を撫でた。
「本当に、おつかれさまでした」
その瞬間、牧の瞳が大きく開いた。
“ 牧君は間違いなく全国で5本の指に入るプレーヤーだ ”
“ 自分達に足りなかったものは何だったと思う? ”
ああ・・・そうか・・・
自分が欲しかったのは、称賛の言葉ではない。
叱咤の言葉ではない。
「大変だったでしょう。よくがんばったね」
そう・・・
欲しかったのは、重責から解放してくれる言葉だったんだ。
ハヅキは牧の腕を解くと、今度は正面に向き合ってから腕を回す。
普段はサラリーマンと間違えられるような老け顔が、年相応の幼さに戻っていた。
「ほら。がんばったご褒美のチューしてあげる」
「・・・それは何よりだ。濃い目のやつを頼むぞ」
もう何度もキスをしているのに、今回のそれはこれまでにないほど優しく、甘い。
ここは誰もが通る午後の海辺だということを忘れ、ハヅキの唇をさらに求めた。
「紳一っ! もう苦しいよ」
夏の暑さに少し汗ばみ、キスの余韻のせいか顔を赤くしているハヅキが可愛くて仕方が無い。
藤真に飛び蹴りされるのを覚悟で、愛妹の唇をもう一度奪った。