第2章 海
「まったく・・・桜木は相変わらずだな」
夏の風が牧とハヅキの髪を揺らす。
たった1週間、離れていただけだというのに潮の匂いが懐かしく思えた。
「下に降りようよ」
そんな牧に気づいたのか、ハヅキが手を引いた。
防波堤の切れ間から浜辺に降りると、潮の香りは一層強くなる。
そろそろ満ち潮の時間なのか、波が足元まで押し寄せていた。
「・・・懐かしいな」
水平線を見つめながら、牧は目を細めた。
「オレがハヅキに告白したのも、浜辺だったな」
あれは、一世一代の賭けだった。
玉砕を覚悟していたから、背中から抱きつかれた時は腰が抜けて、二人して水の中に倒れこんだっけ。
「藤真とOne on Oneで勝負をして・・・お前に告白するのを許してもらおうとしたのに、お前ときたら藤真を応援するだろう。オレは完全にフラれたと思ったぞ」
「何言ってるの。私が応援するのはお兄ちゃんだけ」
「はは、そうか」
そう。
そんな、兄を全力で応援している姿に惚れたんだ。
なんて真っ直ぐな子なんだろうか、と。
「だが・・・もし、今年の地区予選で海南と翔陽が対戦していたら、ハヅキはどっちを応援したんだ?」
叶わないままに終わってしまった、唯一認めたライバルとの勝負。
その妹の手を強く握り、顔を覗き込む。
顔立ちはもちろんのこと、表情までよく似ている。
ハヅキは挑戦的な笑顔で、牧を見つめ返した。
「もちろん、全力で翔陽を応援していたよ」
「全力で翔陽か・・・少し寂しい気もするがな」
「仕方ないじゃない。だって・・・」
大きな手を握り返し、体を寄せる。
「紳一が負けるわけないから」
敗北する姿を想像できない。
いや、敗北することなどありえない。
そう信じてる。
牧は茶色の柔毛をクシャッと撫でると、ハヅキを抱き寄せてすっぽりと腕の中に収めた。
うなじから日焼け止めの夏らしい香りがする。
「だが、最後の最後で負けたがな」
目前だった全国制覇が、するりとこの手から滑り落ちていった。