第2章 海
「何故、謝るんだ。負けたのはお前のせいではないだろう」
「でも、牧さんは今年が最後だったのに・・・オレ達が不甲斐ないせいで、優勝できず・・・すいませんでした」
牧は困ったように口元に笑みを浮かべ、線の細い後輩の肩を叩いた。
「何を言う。去年は準決勝敗退で、今年は決勝で敗れた。また一歩海南を全国制覇まで近づけることができたんだ、満足しているよ」
「牧さん・・・」
「次はお前達だ、神。お前や清田がオレ達の後を継いで・・・次こそ優勝してくれよ」
さまざまな思いを噛み殺し、果たせなかった目標を、夢を、目の前の後輩に託す。
この先、自分と同じ重圧を背負うだろう、後継者に。
そう。
こいつらにはまだチャンスがある。
部屋に戻っていく神を見つめながら、寂しいような、虚しいような、羨ましいような、複雑な気持ちになった。
疲れきってはいるが、とても部屋に戻る気にはなれない。
牧は踵を返すと、旅館の中庭へ向かって歩いた。
さすが、庭園が自慢の旅館だけあって手入れの行き届いた植木。
池からは涼しげな水音が響いている。
夜になって暑さも引き、心地良い風が吹く。
なんとなく庭石に腰掛けて夜空を見上げる。
七夕はとうに過ぎているというのに、たくさんの星がまたたいていた。
すると、ふいにひとつの星がユラユラと動く。
「・・・?」
目を凝らして見ると、それは蛍だった。
「ほう・・・珍しいな・・・」
気づけば、辺りには無数の蛍が飛んでいた。
まるで命を燃やすように光り、儚く死んでいく虫。
ガラではないかもしれないが、とても美しいと思った。
その一匹がジャージのポケットに止まる。
“ここだよ、忘れないで”
そう言っているかのように。
「ああ、そうだ」
牧はポケットをまさぐった。
そして、中から携帯電話を取り出して電源を入れる。
大会に集中するため、ここに来てからメールも電話も一切しなかった。
画面が出ると同時に、メールを受信する。
全12件。
親から1件、友達から5件、海南を卒業した先輩から4件、迷惑メールが1件。
そして・・・
ハヅキから1件。
その他のメールを全て後回しにして、それを開く。
目に飛び込んできた文章に、思わず笑みが零れた。