第1章 夢中
ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ
そうこう思っているうちに、突然の電子音が部屋に鳴り響いた。何なのだろうと思えば、銀時が後ろ手に組んでいた左手を前へ回す。左手首を顔へ近づけ、どうやら腕時計を確認しているようだった。
「なあに、それ?」
今もまだ鳴りっぱなしである音は、何の為のアラームなのかを素直に聞いた。
「ランデブーの時間じゃ」
「らんでぶぅ?」
半世紀近くも昔に流行った言葉は、もはや死語を通り越して意味の分からない呪文と化していた。よく分からないが、何かの用事を示すアラームだったらしい。そのまま「ピッ」とボタンを押してアラームを止めれば、銀時が向かったのは別室だった。
「あっ、待ってよ。ひぃお爺ちゃんってば!」
真相を暴きたい気持ちを胸に、スタスタと進んで行く小さな後ろ姿を早足で追う。
実は彼の腕時計、30分ごとにタイマーが鳴るように設定されていた。いつも曾祖父の家へ訪ねる度に鳴るので、気になってはいたのだ。鳴っては何処かへ行き、数分もしないうちに戻ってくる。そんな奇行をする老人に疑問を持っていた。
怒られないのを良い事に、少女は思い切って銀時の寝室まで着いてゆく。
辿り着いた部屋は何の変哲も無い、生活感溢れる、ごくごく普通の和室である。部屋の真ん中には布団が一式広げられ、少女の曾祖母にあたる菊がいつも通り座っていただけだ。
菊の視線の先には何も無く、ただボーッと空中を眺めている。周りにも感心がないのか、誰かに動かしてもらわない限り、一日中ずっと同じ体勢で居るらしい。昔から大人しい人ではあったらしいが、今の状況は病気によるものだそうだ。もう誰が誰かを認識する事すら困難で、自分の殻に閉じこもった廃人……と、酷な説明をしても当てはまる人である。