第1章 夢中
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気付けば強制的に意識は浮上させられていた。「ペシッ」といい音を出されながら、文字通り叩き起こされたのが原因だ。しかも手加減なしで叩かれたのはオデコあたりである。
反射的に「痛いっ!」と口にしながら、少女は顔をしかめてしまう。まだ眠気の残る目を、しかめっ面のように開けば、頭上に居た人物に呼びかけられた。
「オイ、クソガキ」
不機嫌そうにかけられた声の主は、天井の電気から逆光を浴びていて顔は見えなかったが、聞き覚えのある声色だった。
「何度も言わせるんじゃねェ、バカ揚羽。体に悪いから炬燵で寝るなコノヤロー」
目が徐々に冴え始め、逆光で作られたシルエットはよく知る人物のものであると気付く。くるくると跳ね上がっている髪の毛は、キラキラの銀色に縁取られていた。ここまで個性的な髪を持っている知人は、この世で一人しかいない。
相手は多少、怒りを含んだ台詞を投げかけたが、少女はそれ所ではなかった。何故ならば、胸に残る奇妙な気持ちを処理しきれていないからだ。
妙な夢を見た気がしたが、今は何も覚えていない。けれど、憧れていた「幸せ」に手が届いたような気も……しなくはなかった。悲しくはないのに、一筋の涙が溢れる。
そんな明らかに様子の可笑しい少女に、銀時は隣にしゃがみ込んで問うた。
「一丁前に悪い夢でも見たのか」
違う……と伝えたかったが、言いそびれてしまう。寝起きで声が出せないのも一つの原因だが、答えを返す前に、銀時は素早く揚羽の涙を軽く拭っていた。その指は水仕事をしていたからか、ひんやりと冷たい。火照った顔には気持ちの良い体温だった。
「飯の時間だ。さっさと顔と手ェ洗って、運ぶ手伝いでもしろや」
「……うんっ」
乱暴な言い方ではあるが、どこか気遣いを含んだ音色で、銀時は揚羽に指示を出す。揚羽も重い体を起こし、食事の準備を手伝いに行った。
夢が何を意味するのかは、例え覚えていたとしても、揚羽には分からなかっただろう。予知夢なのか、それとも逆夢なのか、はたまた現実とは関係のない、ただの妄想なのか。
所詮、夢の中の出来事。真相は神のみぞ知る、なのであろう。
されど彼らの未来に、夢のような祝福があらん事を。
夢中 了