第1章 夢中
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気付けば強制的に意識は浮上させられていた。「ペシッ」といい音を出されながら、文字通り叩き起こされたのが原因だ。しかも手加減なしで叩かれたのはオデコあたりである。
反射的に「痛いっ!」と口にしながら、少女は顔をしかめてしまう。まだ眠気の残る目を、しかめっ面のように開けば、頭上に居た人物に呼びかけられた。
「オイ、クソガキ」
不機嫌そうにかけられた声の主は、天井の電気から逆光を浴びていて顔は見えなかったが、聞き覚えのある声色だった。
「何度も言わせるんじゃねェ、バカ揚羽。体に悪いから炬燵で寝るなコノヤロー」
目が徐々に冴え始め、逆光で作られたシルエットはよく知る人物のものであると気付く。くるくると跳ね上がっている髪の毛は、キラキラの銀色に縁取られていた。ここまで個性的な髪を持っている知人は、この世で一人しかいない。
相手は多少、怒りを含んだ台詞を投げかけたが、少女はそれが可笑しくてたまらなかった。何故ならば、相も変わらず男は間違いを犯しているからである。
「ひぃお爺ちゃん、私は揚羽お婆ちゃんじゃないよ?」
「体に悪いから炬燵で寝るなコノヤロー」
「ソレさっき聞いたよー」
体を起こした娘は、ケタケタと屈託ない笑みと共に老人を見た。
もう彼のボケが始まって何年が経ったであろうか。少なからず、少女が物心ついた頃には始まっていたような気がする。腰の曲がった彼の、冴えた姿は見た事がない。ボケと居眠りの繰り返しをする銀時は、実に年齢に見合った行動をしていた。いざ格好いい台詞を言おうとしても、力み過ぎているのか、入れ歯が抜けて滑舌が悪くなる事も多々ある。あまりにも典型的な年寄り過ぎて、逆に愛おしく感じてしまう程だ。