第50章 番外編2
中の方から人の声が聞こえてくる。
靴を脱いでさっさと行ってしまった鬼鮫を余所に、私は玄関に入ったのはいいものの、動けずにいた。
一瞬、このまま逃げて帰ってしまおうかと考えたが、車の中での嫌味という釘を刺されたことを思い出す。
(・・・逃げるな、逃げるな・・・)
その頃、居間に入った鬼鮫は彼女がついてきていないことに気が付くと、ハアとため息をつき荷物を置いた。
やっぱり少し強引だったかもしれない。
そんなことを考えながら玄関に戻ろうとすると、部屋の主であるイタチが鬼鮫を呼び止めた。
「おい、鍵閉めたか?」
「・・・あ、まだです」
「閉めてこい」
「あ、いや・・・イタチさん、行ってきてくださいよ。いい土産持ってきたんで、ついでにとって来てください」
自分で行けと言わんばかりに、イタチが眉を寄せる。
一瞬、分かりましたと言ってしまいそうになったが、そこは抑えて笑みを浮かべた。
「まあ、そう機嫌悪くしないでください。きっとイタチさんも大喜びですよ」
何とかして行かせたいという一心で、玄関へ向かわせることに成功する。
問題は彼女が逃げずにまだいるかだが、それは杞憂のようだった。
「・・・何なんだ・・・」
そんな小さな呟きが聞こえた直後、居間へとつながる扉が開く。
その人と目が合った瞬間、条件反射のように体が跳ねた。
「・・・え」
彼は動かない。
「あ、えっと・・・あのう、お、お久しぶりです・・・?」
若干の笑みを携えて、小さく会釈をしてみる。
が、反応はない。
「・・・」
彼の目は確かに私の目を見ていたのだが、そこから動く気配がない。
まるで石になったようだ。
「・・・あ、あの・・・?」
なぜ私がこんなに喋らなければならないのだろう。
元々そんなに喋るタイプじゃないのだ。
イタチは相変わらず動かない。
どうしたらいいのか分からなくなって、耐えきれず回れ右をしたが、ドアノブに手を掛けた瞬間、勢いよく腕を掴まれて彼の方へ視線が向く。
「・・・ハル・・・なのか?」
その目が揺れている。
「・・・うん。そうだよ、ハルだよ。イタチ兄さん」
若干腕を掴む力が強いことは置いといて、この驚き方からして、鬼鮫は私のことを彼に言っていなかったのだろう。