第50章 番外編2
“・・・イタチ兄さん・・・”
くぐもった世界は血の雨を降らす。
温度のない肌は彼の肢体。
今にも泣き叫びそうな“私”の心は軋んだ音を立てて、目まぐるしくも“私”の戦いは幕を開けた。
記憶の中に微かに残ったあたたかさを失ってしまわぬように抱きかかえて、“私”は生きた。
“私”は知っていた。
血塗れた手のあたたかさが、あなたを殺すこと。
暁と言う名の悪が滅びること。
『どうか、みんなの未来を奪った私を憎んでください』
『息絶えていく悪の命のために、世界でただ一人涙を流す私を、どうか殺してください』
『正義にも悪にもなれない私を、どうか罰してください』
『嘘だらけの私を、どうか』
みんなの死体の中で、消えた温もりを探しながら明日を夢見た。
まるでちぐはぐな切れ端を繋ぎ合わせるかのように、無意味な懺悔を繰り返す、記憶の中の“私”。
「───ハル姉!」
パッと目を覚ますと、必死な表情のマリがいた。
いつの間にか眠っていたようだ。
「・・・え、なに?」
「なに?じゃなくて・・・大丈夫?嫌な夢でも見た?」
「・・・ああ・・・」
そこで、ぼんやりと先ほどの夢を思い出す。
大丈夫だと伝えると、私の言葉を信じていないマリが心配そうな表情のまま、私の布団の中に入ってきた。
「狭・・・」
「私が一緒に寝てあげるから、安心してハル姉は寝ていいよ」
「え?いや、うん・・・分かった、ありがとね」
マリは優しい。
私の不安定な心情を察してか、私に抱きついて眠りについた。
早いな、と思いつつも、安心できることに変わりはない。
思えば昔は、私も兄とずっと一緒に寝ていた。
狭さが一緒にいるという実感を与えてくれるので、私は狭いのがそこまで嫌ではなかった。
ふと窓を見れば、ちょうど満月が雲間から顔を出している。
(そうか・・・今日、満月か)
満月なのに、今日は涙がこぼれていない。
昔の夢を見てうなされていたらしいが、泣いていないという事実は私の中での大きな変化だ。
あの夢も所詮は終わったこと。
私のあの頃の気持ちも、全ては過去だ。
だから、今を大切にしたい。