第49章 番外編いち
その日、施設の前に一台の車が止まった。
休みの日はいつもお昼まで寝ている私は当然の如く起きておらず、やけに慌ただしいと思ったマリが外を覗くと、一人の男がインターホンを押すところだった。
「ハル姉、誰か来たよ」
「え?・・・あ、そう・・・」
「ちょっと起きてってば。いい加減にしてよ、この寝坊助!・・・んもう、私見に行ってくるからね」
寝起きの悪さは相変わらずで、マリの視線の先には、先生に案内されて中へ入ってくる男の姿。
一室に通されて椅子に座ると、男は小さく頭を下げた。
「突然すみません。私───鬼鮫と申します」
彼はそう言うと、名刺を差し出した。
先生が受け取り、数秒間見つめたあと、それを置く。
「今日はどんなご用で?」
「先週あたり、小南という女性がここに訪ねてきたと思うんですが」
「ああ、いらっしゃいましたよ。結局保留で帰られましたけど・・・それが何か?」
「実は、それから彼女の様子が変でしてね。聞いても答えないので、何かあったのかと伺った限りです。彼女とは古い縁なので、私も役に立ちたくて」
「なるほど」と言って、先生が笑みを浮かべる。
そこで部屋のドアが開いて、マリがお茶を持ってきた。
「ありがとうございます」という鬼鮫に対して、マリはその顔をじっと見つめた。
「ああ、この方は、この前いらっしゃったお客さんの友人だそうよ。あれから元気がないから、気になったって」
「ふーん・・・そうなんだ」
「そうだ、ちょうどいいわね、マリ。あの時いっしょにいたじゃない」
「・・・“あの時”・・・とは?」
「小南さん、ウチにいる子を見て、持ってたカバン落としちゃって。なんだか、相当驚いてたみたいでしたよ。ねえ、マリ」
「・・・いや、私あんまり覚えてないかな・・・」
マリは、薄々察してはいた。
だからお茶を濁すようにしていたのに、先生はそんな彼女のことなどお構いなく話し続ける。
「ねえ、ハルはまだ寝てるの?」
「うん・・・いつも通りかな」
“ハル”という単語を聞いた瞬間、鬼鮫がピクッと反応した。