第38章 わたしは
「ハアー、もう嫌になっちゃいますねえ・・・アスマさんが約束を破ったなら、こちとら手を汚さないといけないじゃないですか」
「・・・殺されるつもりはないわ」
「へえ?それ、どういう意味ですか?」
クナイを取り出し、紅に見えるように手に持つ。
けれども、彼女は落ち着いた様子のままだった。
「うーん・・・妊婦さんにストレスをかけるのは良くないって聞いたんですけど、どうしましょう。フフ、私ったらビンゴブックに載っちゃうかなあ?あなたと、あなたの赤ちゃんを手にかけた犯人として」
「もう一度言うけど、殺されるつもりはないわ」
「・・・その言葉の意味がわかりませんね」
「ねえ、クロ」
「はい」
「私は忍の前に一人の女で、一人の妻なの。夫を助けてくれてありがとう。妻としての私には彼さえいてくれればそれでいいわ」
「・・・」
「アスマが言っていたけど、あなたがアスマに口止めした理由は暁と関係があるからなんでしょう?」
「さあ、どうでしょうね」
「もし殺すなら、あの時アスマを助けずに殺しておけば良かったじゃない。でも助けたのはどうして?・・・あなたがまだ、非情になりきれていないからよ」
「・・・」
「あなたは優しい。任務をいっしょにこなしたからわかってるわ」
「・・・」
「ねえ、クロ。お願いがあるわ」
「なんですか」
「私たち家族を殺さないでいてくれない?」
紅は私の目を見て言った。
話している内容にそぐわない、小さな笑みを浮かべている。
まるで、私を信用しているかのように。
・・・お礼なんて言わなければよかったのに。
(何でなんだ。・・・何で私を、信用しているの)
「すごいですね、紅さん。・・・負けましたよ。やっぱり母は強しってやつですか」
「あながち間違いじゃないわね」
「あんなこと言われるなんて思ってませんでした」
「女はいつだってズル賢い生き物なのよ」
私はクナイをしまった。
自分から言い出したくせに、殺さないでいれることにひどく安心していた。
“非情になりきれていないのよ”
さっきの紅の言葉が忘れられない。
「・・・紅さん、すみません、こんなもの向けて」
「いいのよ、それだけあなたも覚悟があったんでしょ?」
「・・・やっぱりやめた方がいいと思います。私を泊めるのは」