第38章 わたしは
「―――さ、上がってちょうだい。適当にくつろいでよ」
ついに紅の家へと案内された私だったが、申し訳なさと気まずさで曖昧な表情しか浮かべられていなかった。
遠慮がちに傍にあったソファに座り、隣にいるスイレンをチラリと見ると、『大丈夫?』と気遣われた。
「うん、ありがとう・・・」
これから何を言われるのか少し考えたところで、紅がお茶を持ってこっちにやって来た。
「クロったら緊張しているの?らしくないわね」
「いや・・・紅さん、やっぱり赤ちゃんのためにも余計な負担は・・・」
「余計だなんて思っていないわ。それに今帰らせたらどうせ、カカシのところに行くつもりでしょ?」
「・・・正直、紅さんが私にそこまでしてくださる意味が分からないのですが・・・」
そう言うと、紅は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑みを浮かべた。
「あなた、実はネガティブなの?」
「・・・は?」
「確かに任務でしか関わらないし、友達というわけでもないし、弟子というわけでもない。でも、目の前で女の子が男の家にのこのこついて行くのを見て放っておけないでしょ」
「はあ・・・でもカカシさんは、私の体には欲情しないと思います」
「そういう問題じゃないの!自覚ないのかもしれないけど、あなた結構・・・まあ、いいわ。それで私があなたをここへ連れてきたのは、あなたにお礼が言いたくてね。それも兼ねてよ」
「・・・お礼?」
何の?と聞く前に、予想ができてしまった。
そしてその予想は見事に的中することとなる。
「アスマを助けてくれたんだってね。ありがとう」
「・・・」
「私が無理に聞き出したの。それこそ婚約を解消するって脅してね」
(マジか・・・)
「ハア・・・ダメですねえ、アスマさん。女の子との約束を守らないなんて最悪ですよ。・・・ま、私の脅しより奥さんの脅しの方が怖かったんでしょうけど。・・・それで、それをどうしてわざわざ私に言うんです?私がアスマさんにかけた脅しの内容、聞いてないんですか?」
「聞いたわ、全部」
「・・・へえ。それでは承知の上で?」
“約束しろ・・・ここでのことは、誰にも口外しない、と”
そうスイレンが言ったはずだ。
スイレンはチッと舌打ちをし、『あの男・・・』と低い声で呟いた。