第36章 兄が望んだもの
ハルが寝静まった頃、イタチはベッドから降り机に向かっていた。
無防備な妹の寝顔を見れるのも、今夜が最後だ。
いつも通りに振る舞えただろうか。
妹は聡い子だから、もしかしたら何かに気付いたかもしれない。
「・・・ごめんな、ハル・・・オレ、は・・・」
唇が震え、頬にあたたかいものが流れた。
「許せ、ハル・・・」
たとえ気付いていたとしても、引き返すわけにはいかない。
(オレは、明日のためだけに生きてきたのだから)
―――翌朝。
目覚めは人生で一番最悪だった。
横ではまだイタチが眠っている。
「・・・スイレン、いる?」
『呼んだ?・・・って、すごい顔してるね』
「今何時?」
『午前七時。まだ寝れるけど?』
「わかった。ありがとう」
目はしばしばするし、少ししか目が開かないけど、それでも二度寝をする気にはならなかった。
「・・・今日、か」
この世界で生を歩み続けて、今年で十四年。
前の世界ではそろそろ死期が近づいたころだ。
イタチの寝顔を見つつ、思わずボソリとつぶやく。
「・・・がんばってね・・・」
しばらくボーッとしていると、イタチが起きた。
私も今起きた風に装うと、「おはよう」と兄に言った。
彼は少しだけ笑い、「ああ」と言った。
昼過ぎ頃、身支度を終え、イタチと鬼鮫が出掛けるというので私はいつもと同じように彼らを見送りに外へ出た。
「・・・行ってくるよ、ハル」
「行ってきます」
「気を付けてね、イタチ兄さん、鬼鮫さん」
「ああ。鬼鮫からも言われたと思うが、今日は外出は禁止だ」
「・・・うん、わかってる」
できるだけいつもの笑顔を心掛ける。
最後なんだ。
笑って、送らなきゃ。
「・・・ねえ、イタチ兄さん!」
「ん?」
「・・・ハルね、イタチ兄さんのこと大好きだよ。ずーっと、この先も。イタチ兄さんが優しい人だって、私知ってる」
「ハル・・・?」
「愛してるよ!・・・イタチ兄さん、いってらっしゃい」
「・・・ああ。オレも、お前を愛してるよ、ハル」
イタチは驚いたような表情をしていた。
鬼鮫は何も言わず私たちを見ていたが、イタチが歩き出すとそれに続いて行った。