第36章 兄が望んだもの
食後、イタチと部屋に戻ると、寝る前に少しいいかと声を掛けられた。
頷いてイタチの傍まで行く。
「・・・明日、オレと鬼鮫は任務で出掛ける。帰りは遅くなると思うから、先に寝ていてくれ」
「うん」
「・・・許せ、ハル」
「イタチ・・・兄さん?」
そう言ってイタチは、私のおでこを軽く小突いた。
昔、「許せ、サスケ」という言葉と共によくサスケにしていたものだ。
けれど、私にやるのはこれが初めてだ。
溢れそうになる気持ちを必死で押しとどめ、無意識に膝の上で手を握りしめていた。
「オレは兄として、お前に胸を張って言えるような立派なことはできなかった。・・・ごめんな。でも、オレはお前を愛している。オレはお前の兄で、良かったと思っている」
「・・・私も・・・同じ気持ちだよ」
「そうか。ありがとな」
兄の瞳の奥にはいつかの夜のように、優しさの奥に固い覚悟があった。
それが見えた瞬間、悲しいとか、辛いとか―――そういうのじゃなくて、ただ胸が苦しかった。
「ねえ、イタチ兄さん」
「ん?」
「・・・ハルのこと、忘れないでね」
「忘れるわけないだろう。オレは、お前のことをずっと覚えている」
イタチはもう帰ってこない。
明日が来れば、永遠の別れだ。
手をのばすことは許されない。
だからこの時間が終わってほしくないと、贅沢にも思う。
「さ、寝よう。遅くまで起こして悪かったな」
「・・・うん。おやすみ、イタチ兄さん」
「ああ」
短い時間は、夢のようにも感じられた。
だがそれも終わり、私がベッドに入るとイタチは優しい声で「おやすみ」と言い、私の頭を撫でた。
きつく目を閉じ、私は見たくもない夢へと落ちていった。