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夜明けまで、名前を呼ばないで

第1章  プロローグ ―― 目覚め


「ん……」

隣で、降谷さんが身じろぎをした。
私は息を止めた。
彼の眉がわずかに動く。目が開く。焦点の合わない瞳。
それがゆっくりと私を捉えた。

「…………」

沈黙。
朝の光の中で彼の目が驚きから理解へと変わっていく。
その変化を私は、息を呑みながら見ていた。
降谷さんは、ゆっくりと上半身を起こした。シーツがずり落ちる。
露わになった上半身には、私と同じようにいくつかの赤い痕があった。
その痕を目にした瞬間、彼の表情がほんのわずかに、ほんの一瞬だけ歪んだ。

「……うるさい」

その第一声は低かった。機嫌の悪さを滲ませた声。私は、反射的に身をすくめた。

「……なぜ、松田がここに」

彼の声は、まだ寝起きの掠れを含んでいた。
その言葉に、私は答えられなかった。
なぜって。それは、彼が一番よく知っているはずだ。
降谷さんは、しばらく私を見つめていた。その目が、少しずつ覚醒していく。
そして、彼の中でも記憶が戻ってきたのだろう。
彼の耳が、ほんのわずかに赤くなった。
でも、彼はそれを悟らせないように素早く視線を逸らした。

「……シャワーを浴びてくる」

降谷さんは、そう言ってベッドから出た。
床に落ちていたシャツを拾い、何も言わずにバスルームへ消えた。
シャワーの音が、静かな部屋に響き始める。
私は、一人ベッドに残された。シーツを胸まで引き上げ、ただ天井を見つめていた。

(何を、してるんだろう私)

天井の白さが、目に沁みる。私はそっと起き上がった。
身体のあちこちが、昨夜の記憶を主張している。
痛み。熱。重さ。そのすべてが、現実を突きつけてくる。

(帰らなきゃ)

時計を見る。朝の五時。
今日は九時に本庁で予定がある。
今から帰れば、まだ間に合う。私は床に散らばった自分の服を拾い集めた。
一枚一枚、身につける。
昨日の服。昨日の自分。
でも、中身はもう昨日のままではいられない。

バスルームの音が止まった。
私は急いで服を整えた。
降谷さんが出てくる前に、ここを出なければ。これ以上顔を合わせるわけにはいかない。
鞄を掴んで、部屋を出る。
玄関のドアを音を立てないように静かに閉めた。
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