第1章 プロローグ ―― 目覚め
朝の光だった。白くて柔らかくて、どこか遠いところから差し込んでいる。
まぶたの裏にその光を感じて、私はゆっくりと目を開いた。
視界がぼやけている。
焦点が合わない。
でもすぐにわかった。知らない天井だ。
白い天井。シンプルな照明。見覚えのない部屋。
(ここは…?)
私は瞳だけを動かした。
首を動かすのが怖かった。
何かが私のすぐそばにある。
気配。温度。呼吸の音。
とても静かな、でも確かにそこにある人の気配。
恐る恐る視線を横にずらす。そして、息が止まった。
降谷零が、そこにいた。
私の、すぐ隣で眠っていた。
浅黒い肌。閉じられたまぶた。長いまつげ。
金糸の髪が朝日を浴びて、さらりと揺れる。
規則正しい呼吸。
その寝顔は、ただの一人の男の顔だった。
上司でもなく、何者でもなかった。
(……降谷、零……え?)
心の中でその名前が浮かび上がった瞬間、身体の感覚が一気に戻ってきた。
シーツの肌触り。自分の肌の上に何もないこと。
隣から伝わる体温。
そして、身体の奥に残る鈍い痛みとところどころに散った赤い痕。
(…うそ)
私はそっとシーツをめくった。
自分の身体を見る。鎖骨の下。胸元。腰のあたり。
そこかしこに、赤い跡が散っている。まるで所有の印のように。
(昨日、何があったの…?)
記憶を手繰ろうとする。でも断片しか戻ってこない。
公安の歓迎会。お酒の匂い。
風見さんがタクシーを呼んでくれた。
二人で乗った。ドアが閉まった。
そのあと。降谷さんの部屋。キッチン。
…ベッド。彼の手。私の名前を呼ぶ声。
低くて、掠れて普段の彼からは想像もつかないような。