第6章 初めてのキス
「……俺のわがままを聞いてくれ」
そう囁いた脹相の腕の中で、私は小さく頷いた。
それを見た彼は、すぐには何もしなかった。
ただ、じっと私を見つめている。
その視線があまりにも真っ直ぐで、恥ずかしくなって目を逸らすと、頬に添えられていた指がそっと顎へ移った。
「こっちを見てくれ」
低く、静かな声。
言われるまま顔を上げる。
目が合った瞬間、脹相の指先がわずかに動いた。
「……可愛いな」
「急に言わないで……」
「思ったことを言っただけだ」
いつもの脹相なら、そこで少し困った顔をするはずなのに。
今夜は違った。
私の反応を確かめるように、ゆっくりと顔を近づけてくる。
近い。
息がかかりそうな距離まで来ても、脹相は止まった。
「……キスしてもいいか」
その問いに、胸が大きく鳴る。
少しだけ迷ってから、私は小さく頷いた。
「……うん」
脹相の目が柔らかく細められる。
そして――
触れた唇は、驚くほど優しかった。
ほんの一瞬。
それだけなのに、離れたあとも何も言えなくなる。
脹相も黙ったまま、私を見ている。
「……やっとできた」
「……え?」
「初めてだからな」
「だって、脹相も緊張するんだなって」
「……する」
そう答えた彼の手が、もう一度頬に触れる。
今度はさっきより自然に。
「お前を大切にしたいからこそ、間違えたくない」
その言葉に胸が温かくなる。
「じゃあ……もう一回してもいいよ」
言った瞬間、脹相が黙った。
そして、ほんの少しだけ目を見開く。
「……それは、誘っているのか?」
「……うん。してほしい。」
答えた自分のほうが恥ずかしくなって、目を伏せる。
すると、腰に回っていた腕がゆっくりと私を引き寄せた。
今度は、さっきよりずっと近い。
「……なら、遠慮はしない」
耳元でそう囁かれて、心臓が跳ねる。
けれど次に重なった唇は、やっぱり優しかった。
急がず、確かめるように。
大切なものを扱うように。
離れたあと、脹相は額を私の額にそっと重ねた。
「……これからは、もう少し近くにいてもいいか」
「うん」
「ずっと?」
「……ずっと」
その答えを聞いて、脹相は安心したように笑った。