第1章 脹相〜出会い〜
その日、私はひどく疲れていた。
任務を終えたばかりの身体は重く、制服にはところどころ汚れがついている。早く帰って眠りたい。そう思いながら廊下を歩いていたときだった。
曲がり角の向こうから、見慣れない男が歩いてきた。
長い黒髪。
どこか近寄りがたい鋭い目。
額には特徴的な傷があり、服装も相まって、普通の人間とは明らかに違う雰囲気を纏っている。
――怖い。
第一印象は、それだった。
けれど、すれ違う直前。
彼が突然、足を止めた。
「……」
私もつられて立ち止まる。
「どうかしました?」
声をかけると、男はほんの少しだけ目を見開いた。
そして、数秒。
何も言わない。
「……?」
「いや」
低い声が返ってきた。
「何でもない」
そう言って、彼は私の横を通り過ぎていった。
ただ、それだけだった。
なのに――。
彼の方では、その瞬間から何もかもが変わっていた。
脹相は歩きながら、眉間に皺を寄せていた。
――何だ、今のは。
胸の奥が妙に騒がしい。
敵意はない。
警戒もしている。
なのに、目を逸らせなかった。
あの女の顔が頭から離れない。
声も。
目も。
疲れているはずなのに、こちらを見たときに浮かべた柔らかな表情も。
全部、鮮明に残っている。
「……」
脹相は無意識に自分の胸元へ手を当てた。
心臓が、妙にうるさい。
だが、それを認めるつもりはなかった。
自分は弟たちを守ることだけを考えていればいい。
そう自分に言い聞かせる。
――ただ、少し気になっただけだ。
そう結論づけた。
けれど、その日の夜。
「……また会いたい」
ぽつりと呟いてしまった自分に気づき、脹相は顔をしかめた。