Spoofing HAL -Akito ver.0.8
第1章 Spoofing HAL -Akito ver.0.8
玄関に転がっていた、見覚えのない革靴。
その一足がそこにあるだけで、
見慣れたはずの廊下が異質な空間へと変貌していた。
リビングから漏れ聞こえるのは、梓の声。
それは遥斗に向けられる、
いつもの倦怠感を含んだ響きではなく、
聞いたこともないほど甘く、
それでいて酷く事務的な熱を帯びた、歪な喘ぎだった。
自分と肌を重ねる時、
彼女はもっと、壊れそうなほどに喉を震わせる。
形を成さない、もっと濁った、
けれど純度の高い熱を自分にはぶつけてくる。
今、隙間から漏れ聞こえるのは、
誰にでも、それこそ仕事の資料を読み上げるように提供できる
「製品版」の甘さでしかなかった。
立ち尽くす遥斗の視界に、
開いたドアの隙間から「それ」が飛び込んできた。
見知らぬ男の背中。
そして、
その肩越しにこちらを真っ向から見据える、梓の濡れた瞳。
彼女は遥斗と目が合っても、
狼狽えることも、隠そうとすることもしなかった。
それどころか、
先ほどまで男に注いでいた熱を一瞬ですっと退かせると、
温度のない笑みを口の端に浮かべた。