第34章 【第二十九話】白光の行方
十分に身体を温め、湯船から上がったあとも、ティファの腰の芯には倦怠感が居座り続けていた。
清潔な寝衣に袖を通し、濡れた髪を緩くまとめる。
それだけの動作にも身体の奥がじんわりと重く、さっきまでの熱がまだ薄く残っているようだった。
隣では、ラビも簡単に身支度を済ませている。
少し湿った赤髪が、いつもより柔らかく額へ落ちていた。
浴室から出ると、部屋の空気がひやりと肌に触れた。
障子の向こうでは、雨上がりの水路へ灯籠の明かりが揺れている。
ティファが布団の端へ腰を下ろすと、ラビは何も言わずに彼女の前へ膝をついた。
その指先が、寝衣の袖口へそっと触れる。
「……まだ痛ぇ?」
さっきまでの熱を孕んだ声とは違う。
低く、慎重な声だった。
ティファは少しだけ首を横へ振る。
「もう、痛くはないわ。ただ……少し、身体が重いだけ」
「そっか」
ラビは安心したように息を吐き、壊れ物へ触れるようにティファを抱き寄せた。
「無理させた?」
その問いかけに、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
ティファはラビの胸元へ額を寄せた。
「私が、そうしたかったの」
ラビの呼吸が、僅かに止まった。
それから、彼は何も言わず、ティファを抱いたまま布団へゆっくりと身体を横たえた。
まだ少し湿った銀髪を梳く手つきは、驚くほど優しかった。
「……幸せ過ぎて怖ぇ」
胸の奥が、強く締め付けられた。
冗談みたいな口調なのに、その声は驚くほど本気だった。
ティファはゆっくり顔を上げる。
ラビは天井を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「オレ、こういうの……持たないようにしてきたのに」
「こういうの?」
「誰かを、こんなふうに特別に思うこと」
静かな声だった。
「なのにさ」
ゆっくり視線が落ちてくる。
片方だけ覗く翠の瞳が、真っ直ぐティファを捉えた。
「お前のことになると、全部崩れるんだよ」