第31章 【第二十七話】黒檀の簪
夜が深まる頃、ティファは天青楼から少し離れた裏路地に立っていた。
身に纏っているのは、目立たない濃色の外套だった。長い銀髪は低くまとめ、薄い面紗の下へ隠している。黒檀の簪だけは、結った髪へ挿したままだった。
座敷へ出るための支度は、天青楼へ入ってから整えることになっている。
外から華やかな姿で入れば、余計な目を引く。アニタへ繋がる合図は、あくまで簪だけで十分なのだと、店主は言っていた。
表通りからは、異国の弦楽器の音と、酔客の笑い声が流れてくる。
華やかな灯り。
甘い香の匂い。
その奥に、じっとこちらを窺うような気配が幾つか紛れていた。
「……本当に、一人で大丈夫?」
隣で、リナリーが小さく声を落とす。
彼女はティファの外套の襟元を整えながら、心配そうに眉を下げていた。
「大丈夫、と言い切れるほど余裕はないけれど」
ティファは小さく笑う。
「行ってくるわ」
リナリーの指が、一瞬だけ止まる。
やがて彼女は、そっとティファの手を握った。
「必ず戻ってきてね」
「ええ」
短く答えた、その時だった。
「ティファ」
背後から、低い声が落ちる。