第28章 【幕間】神田/月影の楽園 後編
それから、小皿の薬味を顎で示した。
「葱も入れろ」
「これは?」
緑色の小さな塊を指差す。
「わさび」
「聞いたことはあるわ」
「入れ過ぎんなよ。辛ぇからな」
「分かったわ」
私はほんの少しだけわさびを取り、つゆへ溶かした。
けれど、加減が分からず、思ったより多く入ってしまったらしい。
もう一度蕎麦を口へ運んだ瞬間。
鼻へ鋭い刺激が抜けた。
「……っ!」
思わず目を潤ませる。
神田が、じろりとこちらを見た。
「……だから入れ過ぎんなっつっただろ」
「そんなに入れてないつもりだったのよ……」
私が小さく咳き込むと、神田は低く舌打ちした。
「貸せ」
「え?」
答えるより早く、私のつゆ椀を引き寄せる。
神田は新しいつゆを少し足し、濃過ぎたわさびを薄めると、無造作に私の前へ戻した。
「これで食え」
私は小さく目を瞬かせる。
「……優しいのね」
「黙って食え」
素っ気ない返事。
けれど、視線は少しだけ逸らされていた。
私は笑みを抑えながら、もう一度蕎麦を口へ運ぶ。
今度は、丁度よかった。
「本当に美味しい」
ぽつりと呟く。
神田は自分の蕎麦を食べながら、短く返した。
「……そうかよ」
その声は、ほんの僅かに穏やかだった。