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【Dグレ】Twin Ray -灰の世界に響く歌-

第28章 【幕間】神田/月影の楽園 後編


男は、彼女を美しい見世物として見なかった。

ただ、サフィアと呼んだ。

その声を聞く度、彼女の中へ少しずつ温かいものが積もっていく。

やがて男は、彼女へ囁いた。

『逃げよう』

暗い舞台裏。

誰にも見つからないように、震える手を握り締めながら。

『君は、人形じゃない。ここから出よう』

その言葉に、サフィアの中へ初めて希望が灯った。

逃げられる。

この街から。

この鎖から。

もう一度、人として生きられる。

けれど。

希望は、あまりにも脆かった。

サフィアを高値で貰い受けるはずだった富豪が、二人の関係に気付いたのだ。

彼にとって、サフィアは愛する相手ではなかった。

金で囲い、飾り、客人の前で見せびらかすための美しい所有物。

その女が、名もない男に心を許し、あまつさえ一緒に逃げようとしている。

それは、彼の歪んだ自尊心を深く傷付けた。

怒号。

床へ叩き付けられる身体。

「お前が誰に買われた女か、分からせてやる」

低く吐き捨てられた声。

次の瞬間。

刃が、右頬を裂いた。

サフィアの悲鳴が響く。

鏡の中で、美しかった顔へ赤い線が走っていた。

それは、店の商品価値を守るための罰ではなかった。

手に入るはずだったものが、自分の思い通りにならなかったことへの、醜い腹いせだった。

その日から、歓声は変わった。

憧れではなく。

哀れみ。

嘲り。

好奇の視線。

美しかった踊り子は、舞台の端へ追いやられた。
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