第28章 【幕間】神田/月影の楽園 後編
「私に見えたものが全部正しいなんて言えない。私は、あなたの過去を知らないもの」
それでも。
「でも、あの子の声は……あなたを死へ連れて行こうとしている声じゃなかった」
黒い髪の子。
苦痛に歪みながら、それでも神田へ伸ばされた手。
そこにあったのは、呪いだけではない。
「あなたを、壊したい声じゃなかった」
その瞬間。
神田の呼吸が、止まった。
地下水路の空気が凍り付く。
サフィアの笑みが、僅かに歪んだ。
『……違うわ』
ひび割れたような声だった。
『置いていかれる痛みは、消えない』
黒い水面が、大きく波打つ。
『残された方だけが、痛みを抱えて生き続けるの』
その声と共に、今度は別の記憶が私の中へ流れ込んできた。
熱い砂の夜。
眩しい灯り。
歓声。
舞台の中央で踊る、一人の若い女。
サフィア。
煌びやかな衣装。
赤いヴェール。
誰もが彼女を見ていた。
美しい踊り子。
高価な飾り。
酒場一番の花。
けれど。
彼女の足首には、細い鎖の痕があった。
笑えと言われれば笑い。
踊れと言われれば踊る。
視線を浴びるために磨かれ、飽きられれば捨てられる。
彼女は、誰かに愛でられるための商品として生きていた。
そんな彼女を、ただ一人だけ、人として見てくれる男がいた。
舞台裏で、そっと差し出される水。
傷付いた足首へ巻かれる、不器用な布。
『無理をするな』
低く、穏やかな声。