第27章 【幕間】神田/月影の楽園 前編
「歓楽街の東側で商いをしていた男です。目撃者の話では、“女の歌声を追い掛けるように”路地裏へ入っていったそうです」
神田が小さく舌打ちする。
「……くだらねぇ誘い文句だな」
「ですが、戻ってきていません」
ナジームは声を落とした。
「今、この歓楽街では“夜の歌声を聞くな”という噂まで出始めています」
歌。
死者の声。
失踪。
嫌な符合ばかりだった。
「それと」
ナジームが、少し迷うように言葉を切る。
「傷のある踊り子を見た、という証言も増えています」
「サフィア……?」
「断定は出来ません。ですが、“見た者がその後おかしくなる”という話もあって……」
そこまで言い掛けた瞬間だった。
酒場の奥から、歓声が上がる。
鈴の音。
音楽。
そして。
――歌声。
私は反射的に顔を上げた。
遠い。
けれど、確かに聞こえた。
甘く、掠れた女の歌声。
その瞬間、喉の奥で『ニルヴァーナ』が強く脈打った。
「……歌が聞こえた気がした」
私が呟くと、ナジームの顔色が変わる。
「やはり……」
「被害者達も、同じことを?」
「はい。夜になると、どこからか女の歌声が聞こえる、と」
喧騒の奥で、再び鈴が鳴る。
目の前には、巨大な看板を掲げた酒場があった。
『月影の楽園』
扉が開くたび、酒と煙、笑い声と音楽が濁流みたいに流れ出してくる。