第3章 【第二話】次へ繋ぐ手
そして、ある夜。
あの人は僕に言った。
マナの口癖を覚えているか、と。
立ち止まるな。
歩き続けろ。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が痛くなった。
マナの声が、聞こえた気がした。
旅をしていた頃、僕が泣きそうになるたびに笑って言ってくれた声。
歩くことが怖かった。
歩けば、マナを置いていくことになる気がした。
僕だけが先へ進むなんて、許されないことのように思えた。
それでも、あの人の言葉は消えなかった。
僕は、少しずつ声を出すようになった。
マナのように話すようになった。
そうすれば、マナがまだ僕の中にいてくれる気がした。
そうすれば、僕も少しだけ前へ歩ける気がした。
屋敷には、銀色の髪の女の子がいた。
ティファ。
最初は、その子の名前も分からなかった。
ただ、何度も水を運んでくる人だと思っていた。
僕が目を合わせなくても。
何も話さなくても。
彼女は無理に笑いかけたり、優しい言葉を押しつけたりしなかった。
ただ、いつも少し離れたところにいた。
その距離が、不思議だった。
近付かれるのは怖い。
けれど、誰もいなくなるのはもっと怖い。
彼女は、僕が怖がらない場所にいてくれた。
初めて名前を呼んだ時、彼女は泣きそうな顔をした。
それなのに、笑ってくれた。
アレンが話してくれて嬉しい、と。
その言葉が、胸の奥へ残った。
僕が話すことを、喜んでくれる人がいる。
僕がまだここにいることを、嫌がらない人がいる。
それは、とても怖くて。
同時に、ひどく温かかった。
けれど、夜になると、マナの夢を見た。
僕を呼ぶ声。
僕へ向かって伸ばされる手。
近付いた瞬間、またあの恐ろしい姿へ変わってしまう。
目が覚めると、どうしても息ができなくなった。
歩き続けろ。
分かっていた。