第2章 【第一話】雪に残る歌
私の原点。
それは、雪がすべての音を奪い去った、あの日の記憶だ。
世界から色も温度も削ぎ落としていくような、どこまでも白い雪景色。
降り積もる雪は深く、幼い私の足を何度も取った。それでも、前を歩く母は立ち止まらなかった。
いつもなら、私が転びそうになるたびに手を引いて、「大丈夫よ」と笑ってくれるはずなのに。
あの日の母は、何度も背後を振り返りながら、ただ私の手を強く握り締めていた。
「……お母さん?」
問いかけても、返事はない。
冷たい風が、母の長い髪を揺らす。
その横顔は、降り積もる雪よりも白く見えた。
「ねぇ……どこへ行くの?」
ようやく母が振り返る。
何かを言おうとした、その瞬間だった。
肉を裂くような鈍い音が、静寂を引き裂いた。
母の身体が、大きく揺れる。
繋いでいた手が、私の指先から滑り落ちた。
「……え?」
何が起きたのか、分からなかった。
母の胸元から、赤いものが溢れている。
白い雪へ、ぽたり、ぽたりと落ちていく。
その背後に立っていたのは、人の形をした異形だった。
黒い外套。
歪んだ顔。
人間の口元を真似たような、ひどく不自然な笑み。
その腕の先から、黒ずんだ血が滴っている。
「……おかあ、さん?」
声が、喉の奥で引き攣った。
異形が腕を引き抜く。
母の身体は、力なく雪の上へ崩れ落ちた。
「お母さん……!」
私は転ぶように駆け寄った。
雪へ膝をつき、母の身体を抱き起こす。
「お母さん、しっかりして……! お願い、目を開けて……!」
震える手で傷口を押さえる。
けれど、幼い両手では溢れる血を止めることなどできなかった。
指の隙間から、温かな赤が流れ落ちていく。
「ティファ……」
掠れた声が、確かに私の名前を呼んだ。
母の瞳は、まだ私を映している。