第3章 【第二話】次へ繋ぐ手
「マナ……! マナ……!」
何度も呼ぶ。
届かない名を。
戻らない人を。
私は何も言わず、その背中を撫で続けた。
小さな拳が、私の服を強く掴む。
雨の音に混じって、アレンの泣き声が廊下へ響く。
それは、彼が屋敷へ来てから初めて見せた、幼い子供としての涙だった。
歩けと言われて、歩き始めた。
マナの言葉を借りるように喋り、自分を前へ押し出そうとしていた。
けれど、その奥にある喪失が消えたわけではなかった。
アレンは、今ようやく、それを誰かの前で零している。
「……ここにいるから」
私は震える背へ、そっと掌を添えた。
「一人で耐えなくていいの」
喉の奥で、ニルヴァーナが微かに脈動した。
歌ってはいない。
光も生まれていない。
それなのに、アレンの悲しみに呼応するように、淡い熱が集まってくる。
まるで、彼の痛みに触れようとするみたいに。
その瞬間だった。
「……笑えねぇな」
低い声が、廊下の奥から落ちた。
私は驚いて顔を上げる。
薄暗い廊下の向こうに、師匠が立っていた。
師匠の視線は、私の腕の中で泣くアレンと、微かに熱を帯びた私の喉元へ向けられていた。
「……師匠?」
「お前のその力は……いつか、お前自身まで食い潰すぞ」
「……どういう意味?」
「分からねぇなら、それでいい」
師匠は苦々しそうに煙を吐いた。
「今はな」
そして、師匠は背を向けた。
「そいつが泣き止んだら、寝かせろ。明日は歩かせる」
「……こんな状態で?」
「だからこそだ」
師匠の足が、僅かに止まる。
けれど、振り返ることはなかった。
「立ち止まったら、二度と戻れなくなる」